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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)5737号 判決

原告

近藤ウメヨ

被告

三菱タクシー株式会社

主文

被告は、原告に対し、金一六万一三八八円およびこれに対する昭和五一年三月二〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その一を被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は、原告に対し、金一七〇万一八六六円およびこれに対する昭和五一年三月二〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和五一年三月一九日午前一時一〇分頃

2  場所 豊中市服部寿町二丁目一番三号先路上

3  加害車 普通乗用自動車(大阪五五い三二八二)

右運転者 訴外伊藤茂

右所有者 被告

4  被害者 原告

5  態様 原告が前記場所に停車中の加害車両の左側端を無燈火の自転車を押して片手に傘を持つて通行していた際、右車両(タクシー)の乗客を降ろすため、右運転者訴外伊藤が急に左側のドアを開けたことから、同ドアが原告に当り、原告は自転車諸共転倒し、道路側端にある側溝に落下し負傷したものである。

二  責任原因

運行供用者責任(自動車損害賠償保障法三条)

被告は、加害車を所有し、業務用に使用し、自己のために運行の用に供していた。

三  損害

1  受傷、治療経過等

(一) 受傷

腰部、左膝打撲傷、頭部打撲傷、外傷性頸部症候群

(二) 治療経過

昭和五一年三月一九日から同月二六日まで池田病院に入院

昭和五一年三月二七日から同年六月三〇日まで同病院に通院

(三) 後遺症

原告は本件受傷により現在でも頸部痛、頭痛、不眠、全身倦怠感に悩まされている(自賠責後遺障害等級一四級に該当)

2  治療関係費

(一) 入院雑費 金四八〇〇円

(二) 入院付添費 金一万六〇〇〇円(入院中原告の長男が付添看護した)

3  逸失利益

(一) 休業による損害

原告は本件事故当時三八歳で飲食業を経営し、それにより得る平均月収は、女子労働者平均給与額をはるかに上廻るものであつたが、右事実を証明する資料が乏しいため、右平均収入額(賃金センサス)により損害額を算定する。そこで原告は右事故による受傷のため入院期間中は一〇〇%、通院期間中は五〇%相当の収入を得られなかつたので、この合計額は金一八万五八〇〇円となる。

九万二九〇〇円×(8/30+104/30×1/2)=一八万五八〇〇円

(二) 将来の逸失利益

原告は前記後遺障害のため、昭和五一年七月一日から二年間その労働能力を五%喪失したものであるところ、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、金一〇万三六七六円となる。

(九万二九〇〇円×一二×〇・〇五×一・八六=一〇万三六七六円)

4  慰藉料 金一四〇万円

入通院による分として四〇万円、後遺症および本件事故のため廃業を余儀なくされたことに対し一〇〇万円を相当とする。

5  自転車修理代金 金五〇〇〇円

6  弁護士費用 金二〇万円

四  損害の填補

原告は次のとおり支払を受けた。

住友海上火災保険株式会社より保険金二一万三四一〇円

五  本訴請求

よつて請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による)を求める。

第三請求原因に対する被告の答弁

一の1ないし4は認め、5については訴外伊藤運転の本件車両が停車中であつたこと、原告の自転車が無燈火であつたこと、同人が片手に傘を持つていたこと、同人が事故現場道路東側の側溝に落下した事実はいずれも認めるが、その余は否認。

二は認める。

三は不知。

第四被告の主張

一  本件事故は訴外伊藤が本件車両を停車中に二輪自転車に乗つた原告が衝突してきたものである。

伊藤は左折して本件道路を五~六〇メートル南下直進し、乗客の指示で停車し客からタクシー料金を受取つた後、左サイドミラーを見ながら雨も降つていたのでゆつくりと約六〇センチメートル程左側ドアを開いた。このため停車後暫らくした後ドアを開いたもので、停車後直ちにドアを開いたものではない。然るに、原告はこの時片手に傘を持ち、無燈火で自転車を運転していたもので、伊藤が後尾制動燈を燈火して停車中であるにも拘らず、なお本件車両左側を通過できるものと思い込み、漫然と本件車両に接近したため、伊藤が停車後暫らくして開いたドアにも為すすべもなく、これにかすかに接触しブレーキをかけることなく側溝に自転車ごと転落したものである。このため原告は伊藤が病院に見舞に行つたおり「全部私が悪い」と伊藤に謝つた程である。

二  右のような状況の下で発生した本件事故は専ら原告の過失によるものであり、伊藤に過失はなく、本件車両の保有者たる被告にも責任はない。仮に伊藤に過失があるとしても、原告と伊藤との過失の割合は原告の方がはるかに大きいので、損害額の算定にあたり過失相殺されるべきである。

証拠〔略〕

理由

第一事故の発生

請求原因一の1ないし4の事実は、当事者間に争いがない。而して同5の事故の態様は、成立に争いのない乙第一号証の二、三、五ないし九、証人伊藤茂、原告本人各尋問の結果を綜合するとつぎのとおりであると認められる。事故発生現場は、両側に人家の建て込んだ幅員三・五メートル、アスフアルト舗装路面の平たんな道路上で、車両走行速度は終日時速二〇キロメートルに制限されておる。なお道路東端に接して幅一・八メートル、深さ一・三メートル程のどぶ川があり、防犯燈が一個あるものの暗い場所である。

訴外伊藤茂(被告会社使用のタクシー運転手)は加害車後部座席に婦人客を乗せて、時速約二〇キロメートルで事故現場まで走行してきて、右客の指示に従い停車し、室内燈をつけ、客が乗車料金を支払つてくれるのを待つた後、当時は雨が降つていてサイドミラーも見えにくくなつていたが、深夜で閑散としていたことに気を許し、左サイドミラーのみを見てドアキヤツチを引いて後部左側ドアを約六〇センチメートル程開いたところ(ドアを開けると加害車左側の道路余幅部分を塞いで同所を通り抜けられなくなる)、自車後方で女の叫び声が聞こえたので慌てて開いたドアを閉めようとしたが、客の足が出ていて閉められなかつたため、被害者の乗つていた自転車の右側ハンドルに自車後部左側ドアを衝突させてしまい、被害者を自転車諸共道路東側のどぶ川に転落、負傷させた。

一方無燈火で片手に傘を持ち自転車を操縦していた(この点は当事者間に争いがない)原告(被害者)は、前記加害車がマンシヨンの前で停車したことはわかつていたが、その東(左)側が七〇センチメートルくらい空いていたので、片足を地面につけ、自転車(幅五六センチメートル)をまたぐようにしてそこを通り抜けようとしたところ、いきなり右車の客席後部左側のドアが開いたので、不意をつかれてドアにぶつかり、その衝撃で姿勢が不安定になり前記のとおり自転車諸共進行方向左側の溝に落ちた。右認定に反する証人伊藤茂の証言中、ドアを開いて婦人客の身体が一旦完全に車外に出た後(従つて客は路上に降り立つた)、アツという原告の声を聞き、客が再び車の中に入つてきたので、ドアを閉めようと思つたが、客の足がまだ車中に入りきつていなかつたためドアを閉められなかつた。そこへ原告が衝突した旨の供述部分は前掲各証拠に徴してにわかに信用できない。

第二責任原因

運行供用者責任

請求原因二の事実は、当事者間に争いがない。従つて被告は自動車損害賠償保障法三条により、後記免責の抗弁が認められない限り、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

そこで、まづ免責の抗弁につき判断するに、前記認定の事故の態様からみれば、訴外伊藤においてドアを開くにあたり、後方から進行してくる人車の有無を確かめ、その安全を確認して開扉すべき自動車運転者としての注意義務があるのに、降雨のため見えにくくなつていた左サイドミラーで左後方を一蔑しただけで、肉眼で直接左後方を確認する等してその安全確認を充分尽さないまま開扉した点において、自動車の運行に関し注意を怠らなかつたとは認められないから、被告会社の免責の抗弁は理由がない。

第三損害

1  受傷、治療経過等

成立に争いのない甲第三号証、原告本人尋問の結果およびこれにより成立を認められる甲第四号証によると、原告は本件事故により、腰部左膝、頭部打撲、外傷性頸部症候群の傷害を負い、その治療のため受傷当日から昭和五一年三月二六日までの八日間豊中市内の池田病院に入院、翌日より同年六月三〇日まで同院に通院した。而して症状は頸部痛、頸部筋緊張、頭痛、不眠、全身倦怠感など自律神経失調症状を伴ない、局所に神経疾状著明であつたが、医師において頸椎固定し、理学療法、注射、安静下での内服薬投与等の治療を施した結果、症状は一進一退で、治療に一定期間の経過観察を必要としたが、右六月末現在運動機能不全の残存するものの全般として症状は好転しつつあるとし、同日治癒見込と診断したこと、しかし原告としてはなお異状を感じ、同市内の古屋医院に一か月一~二回通院し、投薬と痛みどめの注射をうけ昭和五二年七月一二日現在、頸肩腕症候群、自律神経失調症の病名で加療中であるがなお頭の左側に痛みを感ずること等の事実が認められる。

2  治療関係費

(一)  入院雑費

原告が八日間入院したことは、前記のとおりであり、右入院期間中一日六〇〇円の割合による合計四八〇〇円の入院雑費を要したことは、経験則上これを認めることができる。

(二)  入院付添費

原告本人尋問の結果によれば、原告は入院期間中長男に付添看護して貰つたことが窺えるものの、前掲甲第三号証によつても医師において付添看護の必要があると認めた形跡もなく、症状自体からも一般的に付添を要する程のものとも認め難いので、結局付添看護費は本件事故と相当因果関係のある損害ではないと認める。

3  逸失利益

(一)  成立に争いのない乙第一号証の九および原告本人尋問の結果によれば、原告は事故当時、長男に手伝わせてスタンド「コンドウ」という屋号で飲食業を営み、主婦として家事にも従事していたことが認められるところ、右事実からみれば少くとも当時における原告(三八年)と同年代の全国女子労働者平均賃金相当額(昭和五〇年賃金センサス学歴計による月収一一万六九八三円)の収入を得ていたものと推認するのが相当である。

然るに本件事故のため、入院中は右収入の一〇〇%、退院後通院中は週三~四日の割合で池田病院に通院し、通院の時は長男に後を頼み、午後六時頃から病院に行き帰りは午後八時近くなるので、丁度客が立て込んでくる頃留守にする結果となるため、収入に相当の影響があつたことが認められるから、右池田病院への通院期間中は月収の五〇%の割合による減収があつたものと認められる。従つて原告の右事故による休業損害は結局二一万四七九七円となる。

(一一万六九八三円×8/31)+(一一万六九八三円×一二×96/365×1/2)=二一万四七九七円

(二)  つぎに、原告請求の障害による逸失利益については、前記のとおり池田病院での治療打切後も、古屋医院で治療を受けており、なお頭痛がする等の症状が残存することが認められるものの、原告本人尋問の結果によれば、昭和五一年七月以降はパートとはいえ、ウエイトレスとして一日八時間くらい働き一日三六〇〇円程の収入を得ていることが認められるので、右事実は後記事情の一つとして慰藉料額において斟酌するにとどめ、特に事故前に比し、労働能力を低下させる程の後遺障害が存するものとは認め難い。

4  慰藉料

本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、年齢、その他諸般の事情(原告本人尋問の結果によると原告が昭和五一年七月にスタンドを閉店したことを認め得るが、その間の事情は右本人尋問の結果によつてもそれまで店を手伝つていた長男と原告が仲違いして、長男が家出した等のことがあり、原告には事故当時幼稚園に通つている子供もいた等家庭内の事情が大きく影響しておると認められ、原告の症状との関連からみても、本件事故がその遠因となつていることは否定し得ないとしても、右閉店が本件事故(これによる受傷)と相当因果関係があるものとは認め得ない。)を考え合せると、原告の慰藉料額は金五〇万円とするのが相当であると認められる。

5  自転車修理代

これについては、原告が被告に対し、自賠法三条を責任根拠として本件事故による損害賠償請求をしていることからみて、同条に定める損害には含まれない。

第四過失相殺

前記認定の事故態様によれば、原告としても進路前方にタクシーが停車したのはわかつていたのであるから、間もなく乗降のため開扉されることは容易に予測できるので、自己が無燈火のうえ片手に傘を持つており、しかも周囲が暗いことをも考え、タクシーの後ろでドアの開閉を待つなどして事故の発生を未然に防止すべき注意を尽すべきであるのに、敢えて僅かしか余幅のない所を通り抜けようとした点に、過失が認められるところ(その程度は決して軽くなく、自転車乗りとタクシー運転手との事故であることを考慮しても双方同程度のものと認める)、前記認定の訴外伊藤の不注意等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告の損害の五〇%を減ずるのが相当と認められる。

第五損害の填補

請求原因四の事実は、原告において自認するところである。

よつて原告の前記損害額から右填補分二一万三四一〇円を差引くと、残損害額は一四万六三八八円となる。

第六弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は一万五〇〇〇円とするのが相当であると認められる。

第七結論

よつて被告は、原告に対し、金一六万一三八八円、およびこれに対する本件不法行為の翌日である昭和五一年三月二〇日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 相瑞一雄)

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